miwasan0216’s blog

愛する子供たちのために、理不尽さと闘う父。誰もが幸福な世の中になるために。

「共同監護に挑戦!」<1>はじめに

         

 ご無沙汰しております。久しぶりのブログ投稿になります。

 

 昨年9月に投稿して以降、子どもたちの近くに転居して、慌ただしい日々を過ごしておりました。世の中は、いよいよ、77年ぶりの民法家族法改正に向けて動き出していますね。

 

 さて、私は、まもなく、離婚して6ヵ月(※高裁取り下げしたので正式には11ヵ月)です。現在、共同監護への道を切り開くため、日々挑戦、日々葛藤の毎日です。私のこれまでの歩みを振り返りますと、なんと、離婚事件に関わる家裁手続きをほぼすべて経験していました!!

 

<経験した家裁手続き>

  1. 離婚調停
  2. 離婚裁判(家裁→高裁)
  3. 監護者指定調停(調停→審判目前で取り下げ)
  4. 婚姻費用調停
  5. 面会交流調停(申立人はなんと相手方)
  6. 民法752条(同居義務)調停

 

 <経験した刑事手続き>
   7.住居侵入による刑事事件

 

 2年間で上記7件を経験しました。何の自慢にもなりませんが、ただただ、家庭裁判所という場が、「公正中立な場ではない」ということは、身を持って経験しました。当事者の皆さんもすでに経験されているように、まさに「絶望の裁判所」です。

 

miwasan0216.hatenablog.com

 

 離婚問題に直面して、初めて、単独親権?、算定表?、親子断絶?という言葉を知り、その理不尽極まりない状況も経験しました。ただでさえ、「別居」という事態で、私自身が適応障害を発症し、その上、上記の理不尽な家裁手続きを経験し、よくぞ、適応障害寛解したと、今は、自分で自分を褒めたい気持ちです。

 

 最終的に、私は、裁判離婚で、離婚認容判決が出て、離婚しました(その後、高裁へ控訴するも、親子交流の拡充で取り下げました)。離婚の内、85%は協議離婚、14%が調停離婚、残り1%が裁判離婚です。その内、離婚裁判になれば、多くの方が離婚を前提に条件面の協議をする「和解離婚」の選択をとる方が多いです。そして、私のように、「相手の主張は無茶苦茶である」、「でも、子どもが3人いるから離婚しない」、「請求棄却を求めます」というケースは、ほとんどありません。

 

 私も後になって教えていただき、納得できましたが、①離婚裁判になると時間との戦い、別居期間で夫婦関係破綻とされてしまう、②請求棄却の割合は3年に1回あるかないかというくらいレアケースです。このようなことを知らなかったので、ひたすら請求棄却を求め続けた1年間の裁判闘争でした。したがって、私のケースは、「離婚の中でも、最も最悪の形で離婚したケース」に該当します。しかし、それでも、多くの方々の助けと応援によって、今、少しずつ共同監護への道が切り開けています。

 

 このような事態になる特殊な事情もありますが、今、調停や裁判で絶望しか感じない方々、親子断絶に苦しむ方々に、少しでも希望を持ってもらいたいと思って、このブログを書いています。当事者の皆さんは、それぞれが孤独と寂しさと絶望の淵で、悩んでいらっしゃると思います。しかし、どん底を経験したら、あとは上っていくだけです。どん底を経験した人は、順風満帆に生きている人よりも深い生き方ができると確信しています。

miwasan0216.hatenablog.com

 

 これからブログに書くことは、参考になることもあるかもしれないし、参考にならないこともたくさんあるかもしれません。家族の形や考えは多種多様だし、今、当事者全員が「これからの共同監護のモデルケース」です。各自で取捨選択して、「オリジナルの共同監護」を築いてください。共に、頑張りましょう!!

 

【モリト弁護士に学ぶ】日本が見習うべき、アメリカ・アリゾナ州の共同親権制度!①

 モリト弁護士が、アメリカ・アリゾナ州の「真の共同親権制度」を紹介している。アリゾナ州の親子交流の考え方は、極めて合理的!本当に日本も見習うべき制度であり、すぐにでも導入してもらいたい制度である。

 

youtu.be

  

先進国の先を行く、アメリカ・アリゾナ州の離婚後の親子交流に関する制度を、今日紹介したいと思います。というのも、このアメリカのアリゾナ州共同親権制度こそ、真の共同親権だと弁護士モリトは思っている。この制度こそ、本当に子供の利益にかなう制度だと思っているんです。

 

 モリト弁護士が紹介している「アメリカ・アリゾナ州の親子交流プラン」のもとの資料は何か、探したところ、アリゾナ州が出している「Model Paranting TIme Plans for parent/child accessアリゾナ州最高裁が出した「子ども養育プラン」)」が原文と思われる。しかも、なんと、この原文は法務省のホームページに「和訳付き」で掲載されている。なお、和訳は、原文の後半に掲載されている。

 

https://www.moj.go.jp/content/001354879.pdf

 

 法務省は、世界最先端の親子交流の事例を載せておきながら、自国においては、今回の法務省案を見て、ご存知の通り、話にならないレベルの文言しか記載していない。なんて言うことだ。一体、法務省は、どこを見ているんだ・・・。もう、言葉にならない。

 

 さて、モリト弁護士の説明をまとめると以下の通りになる。

 

アリゾナ州における親子交流のパターン>

 

  • 誕生から1歳まで
    乳幼児は長期間経験を記憶にとどめておくことはできない。両方の親と頻繁な接触を持つこと、予見し得るスケジュールを持ち、いつものことをすることが重要となる。

  プランA(1):毎週3回3時間から6時間の親子交流
  プランA(2):毎週2回6時間の親子交流
  プランB:毎週2回3時間+毎週1回8時間の親子交流
  プランC:毎週2回3時間から6時間+毎週1泊の親子交流

 

  • 1歳から2歳まで
    1歳から2歳児は周辺の世界と頻繁に接触する人々をよりよく認識するようになる。この年齢の赤ん坊は祖父母、親類縁者、デイケアの人たち、ベビーシッター、当該児と頻繁に接する家族の友人たちを含む多くの養育者に愛着を感じることがあり得る。

  プランA(1):毎週3回3時間から6時間の親子交流
  プランA(2):毎週2回6時間の親子交流
  プランB:毎週2回4時間+毎週1回8時間の親子交流
  プランC:毎週2回3時間から6時間(日中の時間帯)+毎週2泊の親子交流

 

  • 2歳から3歳まで
    2歳から3歳の年齢は子どもが独立心を培うのに重要な時期である。この年齢の子どもは独立心を持ち始めつつあるが、養育者にしがみついたり、離れることに抵抗する。

  プランA(1):毎週2回3時間から4時間+毎週1回8時間の親子交流
  プランA(2):毎週2回3時間から6時間+毎週1泊の親子交流
  プランB:毎週1回3時間から6時間+非連続の毎週2泊の親子交流
  プランC:毎週1回3時間から6時間+毎週2泊の親子交流

 

  • 3歳から5歳まで
    3歳から5歳児はいつもの養育者には愛着を感じ、別れは彼らを不快にさせ不安にさせる。(中略)3歳から5歳児は同年齢の子どもたちとの、両親とは離れた体系化された時間から利益を得るかもしれない。この時間は彼らが社交スキルを身につけ、両親と離れていても安全で幸せであり得ると知ることに役立つ。

  プランA(1):隔週に2夜連続の宿泊+毎週1泊または午後・夕方の時間を追加
  プランA(2):隔週の1週目に3夜連続の宿泊+2週目に1泊または3時間から4時間の午後・夕方の時間を追加してもよい
  プランB:隔週の1週目に4夜連続の宿泊+2週目に1泊または3時間から4時間の午後・夕方の時間を追加してもよい
  プランC(1):両親は1週間ごとに分け合う
  プランC(2):いずれの親も2夜連続の宿泊を持ち、週末は交互に持つ

 

  • 6歳から9歳まで
    6歳から9歳の子どもは一方の親が愛してくれないとか、一方の親を失うのではないかと心配するかもしれない。また一緒にいない親への強烈なあこがれを経験するかもしれない。この年齢の子どもたちが両親は再び一緒になると空想することは普通のことである。

  プランA(1):隔週に2回の2連泊+毎週3時間から6時間または1泊を追加するのもよい
  プランA(2):隔週に3夜連泊+毎週1回4時間から6時間
  プランB:隔週にて、1週目に4夜連泊+2週目にプラス1泊
  プランC(1):1週間ごとに分割

  ※いずれの親も当該児の勉強により多く参加できるようにする。また、いつもと変わらぬ日常を提供し、当該児が4日間だけ一方の親から離れる能力を育み、毎週いずれかの親と一緒に「家にいる」日を持てるようにする。例えば、一方の親が3泊、他方の親が4泊とする
  プランC(2):各々の親が2夜連泊を平日+週末は交互に持つ
  プランC(3):両親は7日間の期間を交互に持つことによって子どもとの時間を共有する

 

  • 10歳から13歳まで
    10歳から13歳までの子どもはしばしば両親からの独立を欲し、自分の友人たちにより大きな愛着を持つようになる。離婚したことについて一方の親を責め、家族の破壊を怒り当惑し、他方の親に味方するかもしれない。

  いずれの親も2回の2週間の期間、または、1回の4週間の期間の権利を持つ  
  ※プランは無し。但し、細かい決まり事はある。

 

  • 14歳から18歳まで
    子どもたちは独立を欲し、自分自身で決定することができると思いたがる。しばしば彼らの焦点は家族よりも友達、学校、活動あるいは仕事にある。(中略)両親は柔軟性を持って、子どもが自分の必要性は自分で満たす能力をつけていくのを許容すべきである。

  プランA:1週間置きに2夜連泊+(オプション)毎週午後・夕方の時間が1回。1つの家が「ホームベース」となる。
  プランB:両親は7日間の期間を交互に持つことによって子どもとの時間を共有する
  プランC:両親は14日間の期間を交互に持つことによって子どもとの時間を共有する

 

<親子の面会が長距離の場合>

 これも細かく定められている。詳しくは資料を参照していただきたい。ここではモリト弁護士の解説を紹介する。

 

  1. アメリカの場合、転居について、親子交流が子供の利益に直結するものだから、その親子交流を制限されてしまうような転居については裁判所の許可がそもそも必要となる。
  2. やむを得ずね、100マイル(約160km)以上、他方の親と離れた場所に転居しなければならなくて、裁判所から許可が出た場合、1か月に2回別居親から、面会訪問を行った上で、毎年最低4回長期面会期間といって、夏休み冬休みなどの長期間滞在を伴う親子交流を最低年4回は認めている。
  3. このような「暮らしの共有」が実現されると、監護権などという権利は不要になるわけです。要は、互いに権利を称して争っている時代じゃないんです。暮らしの共有を認め合うから、そんな監護権という権利はいらなくなってくる。

 

【モリト弁護士に学ぶ】離婚後の親子交流を成功させる父母の「信頼関係」とは?

 当事者である私自身も、当初、「信頼関係」=「友好関係」と捉えていたが、この動画を見て、それは全く違うということがわかって、とても納得することができた。

 

 私は、先日、裁判離婚した。その後、子どもから、「どうして、パパとママは喧嘩しちゃったの?ドラえもんにお願いして、喧嘩した時にタイムスリップして、仲直りした方がいい」と言われ、ふと思ったことがある。

 

 それは、大人同士で見たら、とんでもない人間だったとしても、子どもから見たら、「親」は「親」であるということ。そう考えた時、子どもの視点に立ち、母親であることを尊重しないといけないと思った。そして、ちょうど、9月は子どもの誕生日でもあるので、子どもの誕生日会を、パパ・ママも同席の上、お祝いすることになった。

 

 

 さあ、「父母の信頼関係とは何か」、モリト弁護士に学んでいきたい。係争中の方は、主張書面でも活かせると思います。

 

youtu.be

 

  1. アメリカで共同監護を成功させる父母の信頼関係とは何なのか?ベック判決を紹介して、アメリカでは、信頼関係の中身を具体化させているわけです。つまり、子の養育に父母双方が関わり合えるかと文脈で用いられる「信頼関係の中身」とは、一つ目、父母が他方への敵意わだかまりを純粋に子供にとっての親としての役割から切り離せる、二つ目、子供に害を加えないこと、この2つが揃えば共同監護を成功させる父母の信頼関係はあると証明されるわけです。
  2. 日本では、父母の信頼関係の中身を全く具体化せず、「父母の友好関係」に転化させてしまっている。しかし、父母が友好関係があればそもそも離婚をするという事態は起きないわけです。だから、アメリカでのベック判決では親子交流を成功させる信頼関係を、決して父母の友好関係に転化させてはならないと判示しているわけです。すごく素直で自然な理屈だと思いませんか。
  3. 私が思うに、素直で自然な主張の対義語は、揚げ足取りだと思っております。素直で自然な主張は、そこに自己満足とヒステリックが潜んでいない。そのために、人々の心を打ちますが、ただの揚げ足取りは、自己満足とヒステリックがそこに潜んでいるため、人々の心を打たない主張になるわけです。
  4. 子どものために親子交流を成功させる父母の信頼関係とは、父母の友好関係ではない。ここがミソなんですね。しかし、日本では、全ての法曹関係者が父母の友好関係と捉えている。だから、父母の高葛藤という言葉を平気で用いてね、別居親に面会交流を断念させたり、面会交流が相手の協力なしに実現しないから憲法上保障されないと判断されるわけです。
  5. 我が子に会う権利は、喫煙の自由や旅行する自由などより全ての生命から湧き出る権利だと思いませんか。また、我が子に会うことはそもそも他人を介さないといけないものなんでしょうか。犬でも猫でもそうなんでしょうか。誰か人間以外、厳密に言うと日本人以外の生物を教えていただきたい。だから日本の家族法は素直な自然さを欠けていると申し上げているわけです。
  6. 法曹関係者は親子交流を認めるかどうかという文脈で父母間の信頼関係という言葉を用いる場合、アメリカのようにその中身を単なる父母からの好き嫌いの友好関係と捉えてはならない。そう捉えると子供が置き去りになる言葉に変貌するからです。そうではなく、先ほども申し上げたように、信頼関係とは一つ目父母が他方への敵意わだかまりを純粋に子供にとっての親の役割から切り離せるか、二つ目子供に害を加えないこと、この2つが信頼関係の中身であると法曹関係者は浸透させるべきだと思うわけです。

 

 

 

 

実は、裁判官研修に「民間企業派遣研修」があった!?

 

 家庭裁判所を利用した当事者から、裁判官・調査官・調停委員の非常識な態度・言動の声が上がっている。私も当事者の一人として、全く常識がない人たちに出会ってきた。特に、裁判官は身分が保障されている上、社会から閉ざされた環境にいるため、庶民感覚が皆無と感じた。だから、民間企業へ出向させた方が良いと考えていたが、国会会議録を読んでいたら、すでに制度として確立されていたことがわかった。

 

 

 「裁判官 企業研修」と検索すると、裁判所のホームページ「裁判官研修」の項目に、「派遣型研修」とのタイトルで次の内容が掲載されている。

 

3. 派遣型研修
判事・判事補については、社会・経済の実情等についての理解を深めるとともに、裁判官としての視野を広げ、識見を高めることを目的として、一定期間、民間企業等において、その業務に主体的に携わったり、体験したりなどする派遣型研修を実施しています。
 派遣型研修は、昭和57年に始まり、その後、関係各方面の協力を得ながら新しいコースを設け、東京だけでなく、大阪や名古屋等においても、様々な業種の企業で研修を行うなど、順次拡大されてきました。
 現在、多くの民間企業や報道機関等の協力により、年間50人程度の裁判官を派遣しています。

www.courts.go.jp

 

 2018年時点の裁判官人数は、3060人と公表されている。その内、民間企業研修で派遣されている裁判官は、年間50人程度である。毎年、1.6%しか民間企業での研修を経験していないことになる。昭和57年に始まったようだが、累計でも2000人弱。民間企業研修を受けた裁判官の名前を公表してもらいたいものだ。しかも、国会答弁を見ると、民間企業研修は「原則希望制」のようだ。希望がなければ、研修も「無い」ということだ。年間50人という数字も、本当かどうか疑わしい。

 

 また、国会議事録を見ると、長期型・短期型の研修があるようだが、累計2000人も民間企業研修を受けていながら、現在もなお、非常識で、庶民感覚の無い言動や態度が横行している。研修の内容まではわからないが、つまりは、「修行が足りていない」ということだ。したがって、「民間企業研修は、裁判官全員に義務付けるべきだ」と考える。今の状態は、「絶望の裁判所」そのものだ。

 

 最後に、令和3年4月6日の「第204回国会参議院法務委員会」において、裁判官研修について取り上げた、立憲民主党真山勇一参議院議員の国会質問を紹介する。結構、切り込んでいて興味深い内容だった。

 

真山勇一君 (省略)やはり家庭裁判所の、何かとっても世間と懸け離れた判断が平気で、平気かどうか分からないですけど出す、私は平気でという感じがするんですよ。だって、余りそれにこだわらないみたいな感じがするから。だから、やはり裁判官というのは、私たち国民から見たら、やっぱり正義を大事にする、真理を大事にする、世間の一般常識大事にするということじゃないけど、何かそこから懸け離れているんじゃないか。
 本当に、じゃ、裁判官忙しくない、まあ忙しい方もいらっしゃるかもしれませんが、裁判官というのはどうなんでしょうか、自己研さんとか、あるいは姿が見えない裁判官が例えば地元で社会参加なんかする、そういうことってありますか。


最高裁判所長官代理者(徳岡治君) お答え申し上げます。
 裁判官が適正迅速に紛争を解決していくためには、人間性に対する洞察力や社会事象に対する理解力等も求められると考えられるところでございます。このような観点からは、まずは各裁判官が主体的、自律的な自己研さんを通じて成長していくことが重要であると考えております。各裁判官の負担の程度は各裁判所の事件動向や事件処理状況等によるところではございますが、各裁判官におきましては様々な工夫をしながら自己研さん等を行っているものと承知をしております。
 また、最高裁といたしましては、各裁判官の自己研さんを支援するために、判事補につきましては民間企業等への長期派遣、あるいは弁護士職務経験等の外部経験プログラムを実施しますとともに、判事につきましても民間企業や報道機関で短期研修するプログラムを設けるなどして、各裁判官の知識、経験を豊かなものにして視野を広げることができるようにしているところでございます。


真山勇一君 そういういい制度があって、そしてそういうことを実施されているとすると、裁判官、それ一部の方だけしか利用できないんですか、それともきちっと全員がそういうことができる、そういう体制はあるわけですか。


最高裁判所長官代理者(徳岡治君) お答え申し上げます。
 各裁判官による自己研さんを支援するという観点から、外部の経験プログラムや司法研修における研修は原則として希望制によって実施しているところでございますけれども、その成果につきましては、各裁判所における報告会等の機会を通じて広く共有されているものと承知をしております。


真山勇一君 是非確実に、希望者は。それから、希望、押し付けちゃいけないと思いますね、それはやはり裁判官という仕事柄。やはり、皆さんが希望できるような、そういう体制にやっぱりしていかなくちゃいけないと思うんです。
 裁判官とともに大事なその調査官、調査官の研さんというのはどういうふうになっているんでしょうか。この調査官の方は、私は、本当に一般的な市民の感覚、こうしたものを理解しているということ、とっても大事じゃないかと思うんですね、直接面接していろいろ意見聞くわけですから。だから、調査官なんかはどんなふうに研修、研さんなどできるような体制になっているんですか。


最高裁判所長官代理者(徳岡治君) お答え申し上げます。
 家庭裁判所調査官は、家庭裁判所調査官補として採用された後、約二年間の家庭裁判所調査官養成課程を修了し、任官をしております。この養成課程では、裁判所職員総合研修所における約九か月の合同研修のほか、各地の家庭裁判所における約十四か月の実務修習におきまして、行動科学の最新の知見及び家庭裁判所調査官の実務上の専門的な知見や技法を習得をしております。
 また、家庭裁判所調査官任官後におきましては、具体的な事件を担当することにより、社会で実際に生じている家庭や子をめぐる様々な事例につきまして経験を重ねていくほか、経験年数に応じた研修、家事事件や少年事件の喫緊の課題を検討するための研修、高度な知識や専門的技法を獲得するための研修等にも参加することになっております。
 このような各種の研修やOJTなどを通じて、家庭裁判所調査官として必要な知見や能力の向上に努めているところでございます。


真山勇一君 確かにそういう研修制度していらっしゃると思いますけれども、でも、やっぱり実際の審理とか調停のときに信じられないような判断が出てくるというのは、ふだんのやっぱり研修とか、あるいは、何というんですかね、仕事の中でやっぱり問題がどこかにあるんじゃないか。もちろん、全員が全員ということではないですけれども、やっぱりそういうことが出てくるのは、どこかやっぱり欠陥というか、おかしいところがあるんじゃないか。
 それを、きちっとやっていますから大丈夫ですと言うだけで何の根拠もないということが、今までこの裁判所の定員法のこういう話の中では、やっぱりどうももやもやしてよく分からないところが続いております。是非これは改善を考えていただきたいというふうに思っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

青木聡著 論文「面会交流の有無と自己肯定感/親和不全の関連について」


 青木聡教授(大正大学心理社会学部臨床心理学科)の論文「面会交流の有無と自己肯定感/親和不全の関連について」を紹介したい。日本においても、研究結果が出ている以上、共同親権を法制化することが子どもの最善の利益に適っていることは明らかである。

 

 一方で、いまだに、共同親権に反対する人たちが、何を考えているかもはっきりしている。子どものことではない。カネである。

 

oyako-law.org

 

  • 別居親との定期的な面会交流によって、子どもたちの心理状態は良好になる。単独養育よりも、共同養育の方が子どもの適応度が高い。

共同養育の法制化に弾みをつけた非常に有名なウォーラースタインらの縦断的研究(親の離婚を経験した子どもたちを25年以上にわたって追跡した調査)によると、離婚後の生活によく適応し、心理状態がもっとも良好であったのは、別居親と定期的に面会交流を持ち続けた子どもたちであった。逆に、面会交流を実施しなかった場合、子どもは「自己肯定感の低下」、「基本的信頼感の低下(対人関係の問題)」、「社会的不適応」、「抑うつ」、「ドラッグ/アルコール依存症」、「離婚や片親疎外の世代間連鎖」等で苦しむことが報告されている。

    

バウズマンは、離婚後の共同養育と単独養育の比較研究について詳細なメタ分析を行い、「全般的な適応」、「情緒面の適応」、「行動面の適応」、「対人関係」、「家族関係」、「自己肯定感」、「学業成績」、「離婚に対する認識」といった複数の側面において、共同養育の方が単独養育よりも子どもの適応度が高いことを明らかにしている。  

 

  • 「養育プラン」の合意は子どもの健全な成長に欠かせない。

なぜ共同養育の方が子どもの適応度が高いのであろうか。アマトはメタ分析の結果に基づいて、「経済的安定(養育費の支払い)の程度」「元夫婦の協力の程度」が、親の離婚を経験した子どもの適応度に決定的な影響を与える要因ではないかと考察している。この点において「養育プラン」の合意は子どもの健全な成長に欠かせないと考えられる。  

 

  • 離婚を経験した子どもでも、別居親との面会交流を続けている場合、両親のそろっている家族と大差ない。

別居親と面会交流をしていない子どもは、「自己肯定感」が低くなり、「親和不全」が高くなることがあきらかになった。一方、たとえ親の離婚を経験した子どもであっても、別居親と面会交流を続けている場合、両親のそろっている家族の子どもと比較して「自己肯定感」および「親和不全」の得点に差が出ないことも明らかになった。この結果は、離婚後ないし別居中の子育てにおける面会交流の重要性を明白に示している。今回、家族観や離婚観、子育てに関する文化の違いを越えて、欧米諸国の先行研究とまったく同様の結果が得られたことは、非常に重要な意味を持っている。前述のように、欧米諸国ではこうした実証的研究を地道に積み重ね、実証的根拠に基づいて共同養育の法制化に針路を定めた。日本でも同様の調査結果が得られた以上、国際的な常識に倣って子どもの福祉を中心に据え、離婚後の共同養育の法制化を早急に実現すべきではないだろうか。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棚瀬一代著「離婚で壊れる子どもたち―臨床心理家からの警告」

             

 日本における「共同養育」を提唱する第一人者であった、故・棚瀬一代氏(神戸親和女子大学発達教育学部の書籍「離婚で壊れるこどもたち」を紹介したい。欧米の単独監護から共同監護への歴史的経緯の他に、臨床心理士としての鋭い見解を述べている。

 

 欧米では50年前に「共同監護法」が成立している。共同監護法成立の背景には、母性優先の単独監護時代に、共同監護を実践していたパイオニア的な存在がいた。私も、パイオニア的存在を目指して頑張ろうと決意している。

 

books.rakuten.co.jp

 

  • 共同監護(共同養育)は、「子どもの精神的な健康にとって決定的に重要」であり、「子どもの最善の利益に適う」ものである。

(ワラスティンとケリーはその実証研究の中で)離婚後の子どもと別居親である父親との頻繁かつ継続的な接触の重要性、特に、別居親である父親と良い関係を継続することが、子どもの精神的な健康にとって決定的に重要であることを指摘した。それとともに、離婚後の監護形式というのは、「母親に単独監護権、そして父親に相当なる面会交流権」といった単一の形である必要はなく、離婚当事者の事情に応じて、柔軟かつ多様な取り決めがあってしかるべきだと主張した。

 

私が一九八四年に、カリフォルニアのバークレーで離婚後の実態調査をしていた時に出会ったマイク(五歳)(中略)は(中略)私に次のように話してくれた。「ボクには「二つのいえ』があるんだよ。『パパのいえ』と『ママのいえ』が。でもね、ボクは「一つのいえ』のほうがすきなんだ。いつもパパとママのりょうほうにあえるから......」
こんな子どもたちの思いに最大限近づくことこそが「子どもの最善の利益」に適うことであるとの思いが共同監護(養育)への法改正への動きの背後にはある。

 

この新しい法律(アメリカの共同監護法)の背後にある考え方は、離婚後も両親との頻繁かつ継続的な接触を可能なかぎり子どもに保証していくことが、子どもの最善の利益、つまり子どもの福祉に適うとするものであり、離婚後の子どもの養育に関する考え方が一八〇度の大転換を示したといえる。

 

  • 同居親と別居親の双方で充実した交流をする。そして、重要事項は父母双方が一緒に決定する。

アメリカでは単独監護から共同監護の)法改正後に一番増えた離婚後の子どもとの関わり方は、日常的には母親が子どもの世話をし、父親とは平均して隔週末ごとに二泊三日の面会交流をし、子どもに何か教育や医療の問題で決断しなくてはいけないようなことが生じた場合には、両親が離婚後も一緒に決定していくという関わり方である。

 

相手を変える前に、自分が変わること〜裁判手続きの連絡書面に思うこと〜

主張書面のテンプレ

 

 古賀礼子弁護士が、本年6月に発刊された「離婚・再婚家族と子ども研究 第5号」の中で、次のように言及している。

 

面会交流を開始させ、安定して継続させるためには、裁判手続の書面でありがちな強めの主張よりも、相手も同じ親として子を想う同志である、と尊重しつつ、わが子を大切に育てていることへの感謝と労いの表現を盛り込んだ連絡書面で交渉することが有用だとわかってきた。そうすることで相手方代理人との信頼関係を生み、協調関係の中で、面会交流を実現・拡充しうる。筆者は、こうした試行錯誤を重ねた自己流の交渉術が、いわばコミュニケーション術と重なっていると気付く。」

 

 また、以前、ツイッターで、古賀礼子弁護士から、次のようなコメントをいただいたことも思い出した。

 

子どもをめぐる事件を扱う古賀礼子弁護士

 

 自分の離婚事件を振り返りながら、本当にご指摘の通りだなと思った。私は、調停の当初から、弁護士を立てていたが、主張書面の原案はほぼ自分で書いていた。それこそ、裁判官から、「こんなに読めません」と嫌味を言われるくらい書いたこともあった。

 

 相手方の虚実織り交ぜた、負の感情を煽る主張には本当に辟易するものばかりであった。そして、当事者の界隈では、私も、ご多分に漏れず、いわゆる、裁判官ガチャ、調停委員ガチャ、相手弁護士ガチャに直面して、とても悩み、苦しんできた。こんな状況で、適応障害が悪化せずに済んだことが不思議でならない。

 

 その後、古賀礼子弁護士と山本麻紀コーチとの出会いがあり、いろいろなことを学ばせていただき、自分の中で何かが変わり始めたと思っている。

 

 確かに、当事者として、とても辛い思いを抱えていると、当然のことではあるが、被害感情も強くなっていく。そのような状況下で、自分の感情をコントロールすることは容易ではない。一方で、自分以外の相手をどれだけ批判しても、批判の応酬が際限無く続くだけで、相手が態度を改めることもない。相手を変えようと思っている間は、事態はより深刻になるだけだ。もちろん、裁判官にしても、調停委員にしても、相手方弁護士にしても、あまりにも酷い態度であれば、断固たる措置を考えることも必要かもしれない。

 

 しかし、相手をいくら変えよう、正そうと思っても、変わらないのが現実だ。本人が自覚しない限り、永久に変わることもないだろう。だからこそ、相手を変える前に、大変だけども、自分を変えることの方が、実は近道になるというわけだ。

 

 私の場合、調停や裁判で明らかにならなかったことはたくさんある。今の調停や裁判では、回答しなくても、そのままスルーできてしまう現実がある。家庭裁判所に調整機能が無いこと自体が問題であり、不満の温床にもなっている。したがって、私自身も、配偶者のことをすべて信用している訳では無いが、唯一、信用できたことは「子どもにとっては大事な親である」ということだ。その現実を受け入れた時に、自然に感謝と労いの気持ちも出てきた。まだ離婚してまもないけども、本当に離婚したのかという関係になりつつあり、子育てパートナーとしての第一歩を踏み出したところである。

 

 

 

 

 

 

 

鬼子母神とは

まんが日本昔ばなし

 連日、子どもの虐待ニュースが報道され、心が痛む。先日、大阪府大東市で、8歳の娘に食事を与えず、共済金や保険金を詐取した母親が逮捕された。

www.jprime.jp

 

週刊女性PRIMEの記事の冒頭に、鬼子母神の話が出ていた。

安産・子育の神さまとして信仰されている鬼子母神もともとは多くの我が子を養うために、他人の子どもを食べていた悪鬼だった(諸説あり)。だが、我が子を食い物にするという悪鬼よりも卑劣な鬼母が現実にいるとはーー。

 

鬼子母神」とは一体なんだろうか?いろいろなサイトに説明書きがあったが、一番わかりやすかったのは、私たちに馴染み深い「まんが日本昔ばはし」のサイトだった。幼稚園から小学生にかけて、毎週、欠かさず見ていた記憶がよみがえってきた。「坊やよい子だねんねしな いまも昔もかわりなく~」という歌詞が印象的で一度聞いたら、忘れられない。

www.uta-net.com

 

 その「まんが日本昔ばなし」で、「鬼子母神さま」というタイトルで、漫画が放送されていた。それによると、以下の通りである。

ある日、その村に子供をさらうという鬼女(おにおんな)が現れるようになりました。子供のにぎやかな声でにぎわっていた村は、子供が一人もいないさびしい村になりました。困った村人たちは、お釈迦様がいる山にのぼり、子供たちを取り返してくれるようお願いしました。

さっそくお釈迦様は、鬼女の所へ様子を見に行きました。鬼女の住む穴には、鬼女の子供が一万人もいて、一人一人を大切にかわいがっていました。しかし穴の横には、村からさらってきた子供たちが投げ込まれていて、みんな泣いていました。その様子に怒ったお釈迦様は、鬼女の子供を一人、手のひらに乗せて連れて帰りました。

鬼女は自分の子供が一人いない事に気が付き、あたりを狂ったように探し回りました。どうしても自分の子供が見つからない鬼女は、悲観に暮れていました。そこへ、お釈迦様が現れ「お前は一万人もの子どもがいるのに、一人でもいなくなるとそんなに悲しいのか。それは人間の親たちも同じではないのか?」と諭しました。

涙を流して反省した鬼女は、さらってきた子供達を全員村に返しに行きました。その後、鬼女はお釈迦様の弟子になり、鬼子母神(きしぼじん)という安産と子どもを病気から守る神様となりました。

 

 これは仏教説話なのだが、釈尊が生きていた時代にいた女性で、非常にたくさんの子ども(一説では500人)を産んだが、人の子どもを食べる悪鬼で、周囲の人々を悲しい思いにさせていた。釈尊に敵対した提婆達多(男性)の女性版とも言われている。

 

 これを見て、改めて思うのは、日本における「実子誘拐」や「子に対する虐待」の根本には、「鬼子母神」に似た側面があるのではないだろうか。もちろん、現在は、女性だけでなく、男性にも、こうした側面は見られる。「鬼子母神」の説話に例えていえば、同居親が子どもを囲い込み、別居親が子どもと会えずに悲しみ、苦しい思いをする。それだけではない、自殺した方もいる。

 

 最終的に、鬼子母神釈尊に諭されて、反対に子どもを守護する神に変わったと言われているが、同居親も誰かに諭されて、自らの行いを反省する日が来るのかもしれない。しかし、現代は法治国家である以上、まず、「原則共同親権・共同監護」の法整備が必要である。別居親だけが苦しむ時代は、もう終わりにしよう。

 

 

 

 

 

 

離婚しても、親子関係が続くことが当たり前の世の中にしたいね!

親子

「離婚しても、親子関係が続くことが当たり前の世の中にしたいね!」

 

 私たち別居親にとっては、耳にタコができるくらい每日聞いている言葉でもあるが、これは、私が2年間通い続けた心療内科のカウセリングの先生から言われた言葉である。先生は私と同じくらいの世代の女性で、当然のことながら、私は先生のプライベートなことは一切知らない。しかし、話してて、結婚されているような、お子さんがいるような、感じはしていた。先日の連休は、お祭りに行ったようだ。

 この2年間、調停や裁判で、家庭裁判所に通い続けた。高等裁判所にも1回だけ行った。

 高等裁判所は、社会科見学のつもりで、興味本位に、あちこち見入ってしまった。建物からしても荘厳で、テレビで見る法廷そのもの(傍聴人はいないが)。合議制だから、裁判官も3人いた。女性裁判長は、優秀で感じの良い印象は受けた。拍子抜けしたのは、右陪席の法服を着た男性裁判官が、ワイシャツの第2ボタンまで開いていて、腕まくりまでして、見た目が「だらしないオジサンだなー」との印象を受けたが、実際、話してみたら、なかなか話が通じる裁判官だった。共同親権や共同養育という「最先端の知識はわからないんです」と謙虚に本音を話してくれたが、これから是非、勉強してもらいたい。

 一方で、家庭裁判所は、正直、裁判官も調停委員も「最低」だった。これまでの人生の中で、パワハラ上司にイジメられたこともあったが、結論ありきで、面倒くさがりで、話を聞こうとしない人間に出会ったのは、初めてだった。家庭裁判所に行く前は、「裁判所は中立で公平な場所だから、話せばわかってくれる」と期待していたが、実態は真逆で、まさに「絶望の裁判所」そのものであった。家庭裁判所に行く日が近づいて来ると、緊張感が高まり、心身共に体調が悪くなる。目の下の隈もひどくなる。当日は吐き気がする。胃痙攣になったこともある。こんなにストレスを受けたことはなかった。職場や家族にはだいぶ心配もかけた。

 このような、蟻地獄にハマって抜け出せない私の苦しみをいろいろ聞いて、励ましてくれたのが、臨床心理士の先生だった。カウセリングが始まったのは、2021年7月19日で、偶然にも、2023年7月19日の今日、カウセリングを卒業することができた。丸2年かかった。長かったが、カウセリングで話を聞いていただいたから、適応障害も悪化せずに、寛解することができたと感謝している。臨床心理士の先生も、「一時期はどうなるかと心配したけど、本当に良かった」、「夫婦関係を解消しても、親子関係が続くことは当たり前だよね!よく頑張った!」、「最悪の状況にあっても、子どもたちは立派に成長しているね」と声をかけてくれた。

 今、自分の「第3の人生」(<第1>独身⇒<第2>家族⇒<第3>親子)をどうしていくか模索しているところ。「離婚」という選択をマイナスではなく、プラスにする生き方をしていきたい。2つは決まった。

  1.  自分のこれからの生き方で、共同親権・共同養育の必要性を訴えていく。
  2.  親子断絶を根絶するために、別居親と子どもたちを支援したい。

 これから、新たな挑戦を始める。

 

 

 

 

 

宗像充・青木聡・蓮見岳夫著「子どもに会いたい親のためのハンドブック」

             

 2013年に出版された、「子どもに会いたい親のためのハンドブック」を読んだ。編集者は、宗像充氏(共同親権運動の創始者)、青木聡氏(大正大学教授)、蓮見岳夫氏(心理カウンセラー)と共同親権運動ネットワークとある。今から10年前に出版された書籍だが、全く色褪せない、現在でも通用する内容で、どの章も非常に勉強になる内容であったので、お薦めしたい。

 

 共同親権制の法制化を求めている方や、法制化までは間に合わないけども「共同養育」を決着点にしたい方には、第5章「養育プラン」や第6章「共同養育・面会交流の実際」を参考にされるといいだろう。後半の資料には、共同養育計画のひな形も掲載されている。

 

※ひな形はここにもある↓

kyodosinken.com

 

今回、このブログでは、第4章「子どもと会うためにできること」を紹介したい。

 

1、生き残るー子どもと会うための再起・再構築

 

  • 多くの「子どもに会えない親」からの相談で必要と感じることのひとつに、「生き残らなければならない」ということがあります。 大げさな話ではありません。ショックや失意から仕事はおろか日常生活すらままならなくなってしまう人がたくさんいます。体調を崩し起き上がれなくなってしまうことも珍しくありません。 衰弱して亡くなる方や辛さのあまり自殺してしまう場合もあります。それに至らずとも、職を失い、財産を失い(離婚するときに財産分与などで貯金や不動産を処分することが多い)、廃人のようになってしまう場合もあります。
  • 子どもと会えるこれからのために、私たちは死ぬわけにはいきません。死んでしまっては現世で子どもには会えませんからね。そして会った時にはできるだけ良いコンディションで「親子」でいられるようにしましょう。 それが、また次の「会えるとき」、その間の「子どもへの関わり」へとつながるのです。会えるためには、まず「生き残らなければならない」のです。


2、子どもと会うための基礎をつくる、効果的な心得と取り組み

 

①「子どもと会うためにできることをする」という気持ちをはっきりさせる

 (1)不本意でも理不尽でも、「今は〜な状態である」と現状を受け止めてみる
 (2)ストイックに我慢することではなく、これからのために自分を変えていく
 (3)あたらしい知識、経験、対人関係、展望を持つようにする
 (4)「子どもに会うまでの間」「子どもに会う時」を考える

 

②ストレスがあることを認めて対処する

 (1)メンタル面
 (2)フィジカル面

 

③経済的に安定する

  • お金が人生や世の中のすべてではありませんが、経済的な余裕は「選択肢の拡大」につながります。極端な例えですが、「お金があれば何とかなる」ということも多いのです。すくなくとも「子どもに安定的に会える状態を作る(=生活を安定させて、自分を充実させる)」ためには、何らかの方法での経済的安定は必要です。


3、交渉と折り合いー相手との関係をどうしていくか

 

①勝つことが目的ではない

  • 相手を打ち負かすことが目的ではないということを繰り返し認識することが必
    要です。相手に脅威を感じれば、より大きな力でそれに対抗しようとしがちですが、それでは終わらないばかりか、憎悪が増すばかりです。相手はそのことで子どもとあなたを引き離せますが、あなたは子どもと会えるようになるとは限りません。裁判で勝っても子どもと会えなければ同じです。

 

②相手は他人

 

③一人で何とかしようと思わない


4、子どもに気持ちを伝えるには

 

①記録をとる

 

②手紙を出す


5、自分の気持ちをどう整理していくか

  • 子どもに会いたいという感情を批判されることも少なくありませんが、一人で子どもをなしたのではない以上、子どものことを考えるということは、相手の立場も認めるという作業でもあります。何ができるかということは、人によって違います。できることはできる、できないことはできないとはっきりさせて、離れて暮らす親としての子育てのペースをつかみましょう。会えなくても子どものそばに引っ越すというのも一つの方法です。
  • 相手の感情に振り回されることが多かったなら、それへの対処の仕方をこちらが身につけるしかありません。 相手は直接変えられないかもしれませんが、相手との関係性や自分の置かれた環境を変えることはできるのです。疲れきっていたり、一人では収拾がつかないと思ったら、人の助けを得ることも、自分自身の人としての幅を広げる手段として肯定的にとらえてもいいのです。 自分に余力があるとき、同じような立場に陥った人に自分がした経験を伝えることで、借りは返すことはできます。環境を変えて休むことも時には必要です。 そうしていくことで、展望を持って計画的に行動することも可能になってきます

 

親子断絶に負けない!子どもはいくつになっても親に会いたいと思っている②

 

 

 怒涛の6月もまもなく終わろうとしている。まだ梅雨明けになっていないが、暑いし、蒸しているし、今年の夏はどうなってしまうのだろうか。

 

 さて、第二弾にしながら、最終回。今回は、私の亡き伯母を紹介したい。母の姉にあたり、夫婦に子どもがいないこともあって、私たち兄弟を自分の子どものように本当に大切にしてくれた伯母は、2015年10月に71歳で癌のため他界した。末期癌で、治療の施しようもなく、自宅療養を続けていた。最後に会った日を、今でも覚えている。結婚の報告をすると、痛みを堪えながら、「(私の名前)、あなた、幸せになりなさいよ」と言ってくれた。体調が悪く、結婚式には来られなかった。いま、私のこの状況を知ったら、どのように思うだろうかとふと思う時がある。しかし、いまの私には、助けてくれる方々がたくさんいる。結婚することが幸福で、離婚することが不幸ではないということも知った。不運な状況に置かれても、それに負けないことが、本当に幸福なことだと。

 

 話は戻るが、伯母は、昭和19年に青森県で生まれた。実父は地元で校長先生をし、5人姉妹で裕福な家庭であった。しかし、戦争によって、子どもたちを育てられない状況に陥り、終戦によって戦地から引き揚げてきた私の祖父と出会い、「なんとか子どもを育ててもらえないか」と頼まれ、明治生まれで義理・人情に厚い祖父は快諾し、伯母を引き取った。そして、祖父は、1人目の妻も2人目の妻も病気で亡くし、3人目に出会った妻が、私の祖母にあたる。そのもとに、私の叔父、母が誕生する。伯母を加えて、5人家族で生活をしていた。

 

 その後、1ヵ月に1回は、青森県から、伯母の実父母が、「祖父の知人」という体で、祖父母の自宅を訪れて、談笑していたという。祖母いわく、「祖父の偉いところは、心が広かったことだ」という。いま、私が考えてみても、なかなかできることではないと感じている。しかし、伯母がいざ入籍するという時に、戸籍を見て「養子」となっていたことで、これまでの経緯が発覚した。伯母は、祖母が本当のお母さんでないことはわかっていたが、祖父まで本当のお父さんではなかったことに非常にショックを受けたようだ。

 

 そして、本当の実父母は、毎月自宅に来ていた「祖父の知人」であったこと。入籍時点で、実父母が他界していたこと。いろいろ重なった。それでも、本当の姉妹とつながることができて、亡くなるまで交流は続いていたようだが、伯母は、実父母に、本当の両親であると認識して会いたかったと、ずっと話していたという。

 

 現在、社会問題になっている「親子断絶」と比較したら、まだ父の実母にしても、伯母の両親にしても恵まれていた方だと思う。父方の祖母も、母方の祖父母も、心が広かったと思う。様々な時代状況の中でできることは精一杯やったのだと思う。ただ一点、本当の親に会いたかったとの子どもの願いは、実現できなかった。

 

 現在、単独親権を違憲とする国賠訴訟が、様々な観点から提起されている。共同養育議員連盟の国会議員も、共同親権制の導入に向けて、奔走していただいている。現実は、すぐには変わらないけども、親として、子どもと会うことを諦めないでほしい。子どもたちは親に会うことを待っているし、子どもにとって父親・母親と呼べる人は、世界にたった一人しかいない。私の父や伯母の事例を見ても、どれだけ不自由ない環境で生活できたとしても、実の両親の存在を知らないまま育つことほど、子どもにとって辛いことはない。親子断絶に負けない!!

 

 

 

 

 

DV防止法を学ぶ~成り立ち~

 DV防止法により、親子断絶になり、悩み・苦しむ友人がいる。現在、「虚偽DV」という言葉があるように、配偶者からDVをでっち上げられて、離婚を要求されるケースも増加していると聞いている。改めて、DV防止法がどのような法律か、学んでみた。

 

 初回は、DV防止法の「成り立ち」について。2016年9月11日に開催された国際ジェンダー学会で、民主党政権時代に厚生労働大臣を務めた小宮山洋子氏が講演している。

 

ameblo.jp

↓シンポジウムの講演内容

http://www.isgsjapan.org/journal/files/15_komiyama_yoko.pdf

 

参議院「共生社会調査会」に,超党派のDV防止法を作るためのPTを作る参議院の調査会の中に共生社会調査会が98年にできた。その共生社会調査会の中で,何をやるか話し合い,最初は男性議員が自然との共生やいろいろ案を出していたが,ちょうど女性に対する暴力の問題が,国際的な人権会議などいろいろな場で問題になっており,日本もお金を出して女性に対する暴力のための基金をつくったり,国際的な流れがあったというのが女性に対する暴力に取り組むひとつの契機となった。当時,まだ内閣府ではなく総理府が調査をしたところ,20 人に1人が命に関わる暴力を家庭の中で受けていることが明らかになった。それは,「そんな家の中のことを国会の場など公のところでしゃべるのはとんでもない」という様なことを言っていた男性議員たちに大きな衝撃を与えた。女性に対する暴力の問題をやろうということに決まった。議員立法がうまくいくには,各党にキーパーソンが居ることが重要になる。その党を引っ張っていき,超党派のところで決めたら,党の中で手続きを通して成立させられるような力を持った人が居なければならない。恵まれていたのは,座長が自民党南野知恵子さんで,副座長が当時野党第一党だった民主党の私で,それから弁護士でもあった大森礼子さんが公明党共産党が林紀子さん,社民党福島瑞穂さん,それから当時は無所属でいらした堂本暁子さんであったこと。このメンバーでDV防止法が成立した年,2001年の10月に『詳解DV防止法』5)が出版されている。堂本さんは先輩だが,福島さんはじめ自分で言うのもなんだが私も含めて,ちょうど市民派と言われる人が98年の選挙で当選した。そのメンバーが共生社会調査会にいたということも,DV防止法ができるきっかけになった。その6人がメインになって,プロジェクトチームを作り3年間かけて,一から作った。  

 

  • 定義や適用範囲、配偶者暴力相談支援センターの設置、民間シェルターへの援助など、いろいろ議論した。

どんなことを話し合ったかというと,定義や適用範囲にしても,暴力の範囲はいわゆる精神的暴力や性暴力を含めるのかどうかということや,配偶者の範囲で,事実婚,元配偶者,恋人を含めるかどうかなどについて話し合いを重ねた。被害者の保護のための具体的な施策として,配偶者暴力相談支援センター(以下,「DVセンター」と記す)をとにかく作ろういうことだったけれど,相談や緊急に一時保護したり,カウンセリングをしたり,自立支援をしたり,いろいろなことをするセンターを作るのに,本当は新たな施設を作れば,売防法から脱することができたかもしれない。しかし,現実問題として3年間の間に作りあげなければならないということがあり,そのときに,新たな施設ではなくて,今ある婦人相談所などの既存施設の活用,婦人保護の施設を使うということになった。現行の婦人保護事業,婦人相談員の位置付けをどうするかということも話したが,そこから脱することができなかったということが今日の問題につながっている部分だ。また,今もまだまだ足りない,民間シェルターへの援助の話もした。

 

  •  保護命令創設にかかる議論。罰則付きの接近禁止の保護命令制度を作った。

現在,保護命令もたくさん年間で出ている。けれども保護命令をちゃんと加害者に罰則を加えるかたちで接近禁止などを作れるかどうかが,とても大きなテーマとしてあった。理由は,関係省庁の人たちの「日本の法制というのは刑事と民事が非常に明確に分かれていて,そんな民事のところに罰則を付けるようなことはできない」というところから始まったからだ。そこがなかなか大変なところだった。ただ罰則を付けないと,それは実効性に大きな問題があり,ここは相当議論した。結果的に罰則付きの接近禁止の保護命令制度ができた。 

 

  • 被害者支援のみで、加害者支援いわゆる「加害者更生プログラム」まで仕組みを作ることができなかった。制定から22年経つが、まだできていない。内閣府で議論中??

私がやり残している,残された課題だと思っているのが,加害者更生プログラムだ。被害者の支援は必要だが,それだけではなく加害者のほうを何とかしないとまた同じことが繰り返される。ただこれは,配偶者からの暴力防止法というDV 防止と,私も関わってきた児童の虐待防止,それから高齢者虐待防止。今虐待防止についてバラバラに3 つの法律があるわけだが,加害者更生プログラムは,そこを共同でひとつの仕組みがつくれないかということをずっと言い続けてきたが,なかなかそこがうまくいっていないということがある。

加害者更生プログラムを担う専門職が日本ではあまりにも少なすぎる。DV 防止法を
3 年間で作らなければという中で,そこはちょっと置いといてとなったのが,もう15 年も経ってまだそのままなのである。

 

  • DV被害者は男性もいることから「配偶者からの暴力防止法」との名前にした。

最初は女性に対する暴力防止と言っていて,プロジェクトチームの名前もそうだったのだが,特にアメリカなどではフライパンで夫を殴り殺した妻もいるとかいろいろ話が出てきて,女性から男性が暴力を受けた場合も対象だろうということで,「配偶者からの暴力防止法」という名前にし,法律が2001 年に成立した。

 

  • DV防止法の内容は不十分で3年後の見直し規定を付けた。しかし、第2次改正の2007年に見直し規定がなくなってしまった。

DV 防止法成立時はまだまだ足りないところがあるのはわかっていたので,3年後の見直し規定を付けた。2001 年に作り,その3 年後の2004 年の第1 次改正で,定義が拡大されたり,保護命令の対象が拡大されたりという改正が行われた。そしてさらにその3 年後の2007 年の第2 次改正で保護命令の拡充を行なった,市町村の基本計画の策定,それからDV センターに関する改正などの改正が行われた。ただ,この第2 次改正のとき,残念なことに,それまで入っていた3 年後の見直し規定がなくなってしまった。そういう枠を作っておかないと,議員たちも忙しいので,優先順位がどうしても下がってしまう。見直し規定がちゃんと作れなかったということもあって,第3 次改正は2007 年から6 年経った2013 年になった。

 

児童虐待防止についても,DV 防止法を参議院で作ったころ,同じころに衆議院の青少年問題特別委員会で児童虐待防止法が,議員立法で成立した。(中略)衆議院に変わってからは,今度は児童虐待防止法の見直しを2 回中心になって行った。(中略)今の世田谷区長をしている保坂展人さんや,この間まで文部科学大臣をしていた馳浩さんやそういう人たちと超党派で一緒に児童虐待防止法の見直しをした。支援をしている方たちから一番ずっと要望が強かったのは,日本はとにかく親権,親の権利が強すぎて,子どもの権利条約に批准したのに子どもの権利を守る基本的な法律がない国である。だから,児童福祉法も,子どもを保護の対象としか見ていないのを,これはNHK の解説委員をしていたころ,児童福祉審議会等で権利をちゃんと盛り込みましょうという議論があったのだが,結局それは実現できていないということがあった。そうした中で親権の一時停止や一部停止をしてほしいというのが関係者からの一番大きな要望だった。ただ,それについては法制審議会と法務省がなかなか動かなくて,児童虐待防止法改正のときに,附則のところにちゃんとそれを進めるようにと書いても書いても駄目だった。私が厚生労働大臣をしていたときに,親権の一時停止を実現するための児童福祉法の改正を民法改正と併せて行う法務委員会と厚生労働委員会の合同審査があり私が答弁者として関わるというような巡り合わせになった。それで一時停止ができるようにようやくなった。

 

  • 都道府県・市区町村の職員は法制定や法改正の意義をしっかり理解していない。

私は「第3 の人生は心豊かに生きたい。争いはあまりしたくない」と思っていたが,1 回だけ,副知事室で,児童相談所の所長や児童虐待の担当の県の職員の前で机をたたいて怒った。というのは,私たちが一生懸命子どもたちのために法改正をしたのに,現場はそれを理解してないというか,意識をしようとすらしない。自分たちが今までやってきたことしかやらないという感じだったので,それは違うでしょうと強く思ったからだ。虐待をした親というのは,さっき申しあげたように,こちらも更生プログラムがきちんとできていない。これも児童虐待防止法改正できちんと入れたかったのだが,ソ
ーシャルワーカーなどの専門職の数がドイツなどに比べてほんとうに少ない。それで実現しなかった。虐待した親に返す,家族の再統合は,それは大事かもしれないけれど,再統合したら子どもがまた虐待される場合もあるのに,とにかく再統合ありきで,親のほうを向いて行政は仕事をしているということがある。法改正プラス地域で地道に活動をしないといけないと思った。

 

親子断絶に負けない!子どもはいくつになっても親に会いたいと思っている①

        

パパもママも!

 

 私は、6ヵ月間だが、親子断絶の経験をしてきた。その後、月1回2時間⇒5時間へ拡充して、親子交流を続けている。それでも、月1回5時間は少ない。だから、もっと親子交流は増やしてほしいと思って、協議を続けている。

 

 タイトルにある通り、子どもはいくつになっても親に会いたいと思っていることを、身近な体験(私の親族)を紹介したい。

 

 1人目は、私の父(70歳)です。父は1歳の時に、両親が離婚。戦後まもない時期だったので、父親の親権者割合が多い時代であったので、実母は家を出ていき、実父とその両親と暮らすことになった。その後、私の祖母にあたる継母が来て、弟もできて、何不自由ない生活を送ってきた。地元では裕福な家庭であった。

 

 しかし、父は思春期の頃、ふとしたことがきっかげで、自分が「養子」であることを知った。それ以来、両親に心を閉ざしてしまった。実母とは、一度も会っておらず、顔も名前も全くわからなかった。結局、実母が亡くなるまで、一度も会うこともなく、誰も実母のことを教えてくれなかったようだ。実母のことを初めて知ったのは、父が45歳の時(私が高校1年生の時)、実母が亡くなったことで遺産相続の話が突然入ってきた。実母は、再婚していたが、家族に黙って、父のために遺産を残してくれていた。

 

 私の祖母(父の継母)いわく、祖母が実母と連携をとり、学校の授業参観や運動会には実母も顔を出していたとの話であった。実母にとっては、離婚後も子どもの成長を遠くからでも見守ることができ、良かったかもしれない。しかし、何不自由なく、継母の親戚からもとても大事にしてもらいながら育った父も、自分のアイデンティティーがわからないことに、とても悲しみと怒りと寂しさを感じていたようだ。

 

 父が実母のことを初めて知った時に、親戚に「なぜ、実母のことを教えてくれなかったのか?」と、電話しながら、泣きそうな声で何度も話していた場面を、私は今でも鮮明に覚えている。実母のことを教えてもらえなかったことは、父にとって本当に可哀想だと、高校生ながらに感じた。

 

 今回、当事者になってみると、子どもに会えない親の気持ち、苦しさも痛いほど実感した。それと同じくらい、子どもも苦しさを抱えているし、別居しているパパやママに会いたいと思っている。だから、今、親子断絶状態にある方も、絶対に、子どもと会うことを諦めないでほしい。

 

 私の父は、30年以上、実母に会いたいと思って生きてきたが、その気持ちを封印してしまった。それ故か、いろいろあって、自分の家族に多大な迷惑をかけてしまったこともあったが、父の姿を見て、何歳になっても、子どもは本当の親に会いたいんだなと思った。

 

 私の子どもはまだ小さいが、第一次反抗期(同居中)の時には、ちょっと叱ると、「もう、パパなんて嫌い」と何度も言われた。しかし、「どうしたの~?」とか、本当に大事な時は「あっちの部屋でパパと二人でお話しよう」っていうと、子どもは「本当はパパと一緒に遊びたかった」と言われた。

 

 子どもも年齢によっては「親に会いたくない」と言ってくる時期もあると聞く。でも、「会いたくない」という言葉は、実は、愛情の裏返しでもあったりして、うまく表現できないから、恥ずかしいから、「会いたくない」と言うこともある。いったんは距離を置かなければならない時もあるかもしれない。しかし、どんなことがあっても、子どもと会うことを諦めないでほしい。私も引き続き頑張ります。そして、親子断絶には負けない。

【第183回国会】衆議院法務委員会 第9号 平成25年4月19日

衆議院法務委員会

共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。


登場人物:郡和子 衆議院議員民主党

     長谷川京子 弁護士/日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会副委員長

     椎名毅 衆議院議員みんなの党

     高橋宏志 中央大学大学院法務研究科教授

     棚瀬孝雄 中央大学大学院法務研究科教授

 

○郡委員 また、ハーグ条約締結を契機に、共同親権のもとでの子連れ別居は、残された親の親権、監護権を侵害するものであって、これは違法とすべきであるというような主張も出てきているわけでございます。それからまた、一方では、子供の生活環境が変化をしていくということに兼ね合わせて、これも違法というふうにすべきではないかという主張もされる方がいらっしゃるわけですけれども、この点については長谷川参考人はどのような御見解でしょうか。


○長谷川参考人 まず、親の親権とか監護権というものは、親が子供を支配する権利とか権力ではなくて、子供の生存と発達のニーズに応える責任というべきものであります。したがって、子供の移動の適否を親の権利侵害というフィルターを通して評価することには疑問があります。
 子供の移動の適否というのは子供自身の観点に立って行うべきであります。例えば、移動前の子供の生活状況、とりわけ誰からどのようなケアを受けてきたのか、どういう事情で移動することになったのか、移動後、子供の生活状況はどうなのか、ケアの状況はどうなっているのか、そういったことを個別具体的に検討して、どちらの親が子供と生活をするのが子供の福祉にかなうのかということを比べて決めればよいことだというふうに思います。
 現に、現在の家裁実務もそのように運用されていると思います。父母が別居する際に一方が子供を連れて家を出る、いわゆる子連れ別居というのは、それ自体が他方の監護権を侵害するというふうには考えられていません。
 子供にはそもそも、切れ間なく、なれ親しんだ監護を受ける権利があると言わなければいけません。だから、監護というのはそういう子供のニーズに応えていく親の責任であって、新たな環境が子供の成長、発達の利益を損なうのか、それに適するのか、子供中心の観点から評価するべきものだと考えられているというふうに思います。
 どうもありがとうございました。


○郡委員 ありがとうございます。
 民法の改正がありまして、協議離婚の際に、面会交流やそれから養護費の分担に関して取り決めをするということが明文化されたわけでございまして、離婚届の中にそれを記載する欄も設けられるようになりました。一定の成果、効果というのも上がっているのであろうというふうにも思うわけですけれども、共同親権の行使それから積極的面会交流というのは、ある意味では条件が整っていないとなかなかできないことであろうというふうに思います。
 それぞれが円満に離婚できた場合には、そういうことが可能なのかもしれませんけれども、そうでない場合というのを想像いたしますとなかなか難しいわけでして、特に、DVからの救済システムがいまだ十分に整っていない日本においては、このことによって現場に妻がとどまらざるを得ないような状況もまた生まれてくるのではないかなと私自身も心配をしているところがございます。
 ところで、ハーグ条約の締結国は、御承知のように、ほとんどが離婚後も両親が子供の親権を持つ共同親権をとっている国でございます。法制審や外務省によりますと、ハーグ条約批准に関するパブリックコメントの中では、特に、この締結に当たって、日本でも離婚後の共同親権、共同監護制度を導入すべきであるという意見が寄せられていたというふうに承知をしておりますけれども、離婚後の共同監護法制につきまして、監護権をめぐる紛争解決の有効性、そしてまた子供の生存、発育といった福祉の観点から、どのように評価されているのか。実際に現場で裁判等を担当されてこられた長谷川参考人に伺いたいと思います。


○長谷川参考人 ありがとうございます。
 私は、現場で事件を扱っております。ですから、そこの感想から申し上げますと、離婚後も父母が協調して子供の監護にかかわることが望ましい、理念としてはそうだと言えるとしても、そういう望ましい家族の理念というものと現実の紛争家族の実態とは大きく乖離しております。離婚後の監護を裁判所で法律に基づいて決着していかなければいけないのは、その紛争家族の方なのです。
 紛争家族に望ましい家族のモデルを当てはめて、そのもとで協力と協調をしなさいということを幾ら求めても、結果的には、さらに紛争をこじらせて、際限のない父母の争い、不和に子供を巻き込んでいってしまうという不幸があります。それはやはり子供の福祉を害するというふうに思います。
 そういうことで、ちょっと私も関心を持って諸外国の共同監護制について一部調べているんですけれども、例えば、子供の利益を重視したスウェーデンでは、一九九八年に裁判所による離婚後共同監護命令というのを制度化しています。しかしながら、父母が協力できない事案では子供の福祉を害するということがわかったので、二〇〇六年にそれを改め、父母が協力できない事案ではそういう命令は出せないというふうに改正しております。
 ニューヨークアメリカで共同監護制をとっているところでありますけれども、そこも、双方の親が協力できる場合にはそういう命令を出す、あるいは双方が同意している場合には共同監護ということにするけれども、そうでない、うまくいかない場合には共同監護は命じないということが現役の裁判官の報告論文などで知られています。
 それから、英米法系の中で最も先進的だとされているのがオーストラリアという国なんですが、そこでは、二〇〇六年の改正で、とても監護紛争がふえるので、それを決着させるために、双方の親に子の監護にかかわる共同の責任があることを前提として、子供と過ごす時間を均等分配するというような法改正が行われました。親が、他方の親に対して友好的である方が、子供が他方の親との関係を維持できるだろうということで、友好的な親ルールというようなものも導入されたり、それから、虚偽のDV、虐待の主張をした者には制裁を与えるというようなことも盛り込まれていました。
 ところが、その結果、ふたをあけてみると、実際には、DVや虐待がある事案においてその主張ができなくなったり、安全面の懸念や暴力、それから、父母の高葛藤事案というもののもとでは、子供の福祉に重大な悪影響が出たり、それから幼い子供の発達上のニーズに有害な影響が懸念されるということが報告されました。これは、公的な調査の結果、報告されています。さらには、そういう当事者間でもともとだったら合意が形成されていたような事案にも紛争が拡大して、子供の監護をめぐる紛争がより激しくなってしまったということがあります。
 こういう二〇〇六年法改正の影響が見過ごせないということで、オーストラリアでは二〇一一年にさらなる改正が行われました。そこで採用されたのは、DVや虐待の定義を拡大しながら、別居親との交流よりも、子供の安全を最優先事項とするという方針です。また、その際には、友好的な親条項は削除されましたし、DV、虐待が証明できなかったときの制裁条項も削除されています。
 こういうようなオーストラリアの苦い経験は、例えばイングランドでも受けとめられて公的な検討が行われ、その結果、子供の養育に関して父母双方が相当の、または均等な養育時間を請求する当然の権利を有すると認識させるような規定、または、そう認識させるリスクのある規定を置くことに反対するという公式の最終結論が示されております。
 日本での……

○石田委員長 参考人、時間が参っておりますので、簡潔にお願いいたします。

○長谷川参考人 はい、申しわけありません。では、もう終わります。
 日本での印象とは別に、やはり、そういう欧米諸国で、必ずしも、共同監護制を導入したから紛争を決着することができなかったということを学びながら、日本として、そういう紛争家庭で育つ子供の福祉をどう守っていくかということをしっかり議論していく必要があると思います。
 どうもありがとうございました。

長谷川氏は、現在も、共同親権反対論者だが、「子どもの視点に立つ」という観点では、共同親権の根本精神は同じのような気がする。しかし、親権争いを前提に考えているから、反対に傾くのではないか。

 

○椎名委員 ありがとうございます。
 そうしますと、まず審議会の審議の経過なんですけれども、ハーグ条約は、基本的には、子の返還に関する手続を定める手続法だという理解をしておりますけれども、そういった中で、要するに何を申し上げたいかというと、国内の実体家族法については基本的には中立的な価値観を持っている、そういうふうに説明をされておりますが、事実を調べますと、基本的に加盟八十九カ国のうちの十四カ国のみが離婚後の単独親権主義、その十四カ国のうちの十二カ国がカトリックそれからイスラムなどで、基本的には離婚率の非常に低いような国々だったと思います。
 要するに、何が申し上げたいかというと、この審議の過程の中で、単独親権主義の国々がこの条約を締結した後どういった運用をなされているかといったことについて、どの程度調査をされていらっしゃったのかということを、同じく高橋参考人に伺えればと思います。

○高橋参考人 委員御指摘のとおり、私どもは手続を扱いましたので、単独親権制度であっても、あるいは共同親権制度であっても対応できるような手続をつくりました。そして、単独親権か共同親権かは法制審議会で申しますと民法関係の部会で扱うことになりますので、そういう意味で本格的に議論はしておりません。
 しかしながら、我々も、いろいろな参考意見を、意見自身をお聞きしたこともございますし、学者の研究を全員に配付して勉強したこともございます。今ちょっと資料がなくて申しわけないんですが、九州大学のある有名な先生のものを特によく勉強させていただきました。
 しかしながら、この手続法に関しましては、共同親権か単独親権かは重要な論点にもともとならないものであったということでございます。
 以上でございます。

○椎名委員 ありがとうございます。
 たてつけ上、価値中立的だというのはまさにそのとおりだと思いますけれども、今こちらにいらっしゃっていただいております渡辺参考人が御指摘されているところなんかはまさにそういったところだと思っておりまして、事実上、日本の家裁の実務を前提とした場合には、子供の連れ去りみたいなものが肯定化される、継続性の原則みたいな運用が肯定化されていくというような懸念を示していただいているんだと思います。
 そういった観点から、私自身、たてつけ上、価値中立的ではあったとしても、実際のところとしてどのように運用されているかというところに比較的問題意識を持っているところでございますが、今伺ったところですと、基本的に単独親権主義でどのような運用がなされているかというところは余り調査をされていないように見受けました。
 では、棚瀬先生にお伺いできればというふうに思います。
 子どもの権利条約、恐らく九条だったと思いますけれども、親子の不分離というような規定があるかと思います。私自身、この親子の不分離という規定そのものが、ハーグ条約の背景にある子の最善の福祉というものを価値づけているものなのではないかなというふうに思っておりますが、もう一回、子の最善の利益ということの意味について教えていただければというふうに思います。

○棚瀬参考人 おっしゃるとおりです。国連児童権利条約九条三項というのが一番根拠規定になるわけですが、そこでは、別れて暮らす子供も、双方の親と定期的かつ直接の接触を持つというその子供の権利を締約国は保障する、そういう規定の仕方をしています。その意味では、実際に別れて暮らす親がいて、そして子供がその親と会えないような状態を国が半ば放置していれば、この国連児童権利条約九条三項に違反するというふうになると思います。
 では、なぜ子供がそうした両方の親と会うことが必要なのかということについては、先ほど心理学の研究で参照しましたように、やはり子供には両方の親が必要なんだというその一言に尽きるのではないかと思います。

○椎名委員 どうもありがとうございます。
 子の最善の福祉を重視するからこそ、この法律のたてつけ上も二十七条で、条件が充足されたら原則として返還をする、そういうたてつけになっているんだというふうに思っています。
 しかし、二十八条というところで子の返還拒否事由というものがいろいろ記載されているところ、ここについて少し問題があるのではないかと私自身は思っています。この二十八条一項というところに返還拒否事由が多数記載されていることによって、これで事実上、子の連れ去りの可否という観点において実体判断をしてしまう結果にならないかというふうに思っています。
 すなわち、何かというと、結局のところ、子の最善の福祉からその返還をすることが原則であると言っているにもかかわらず、返還をするかしないかについて完全に実体的な判断をする、その結果として、先ほど棚瀬先生がおっしゃっていたような、常居所地国の相手方の裁判、家事手続を信頼する、そういったたてつけになっていないのではないかということを私自身は懸念しておりますが、棚瀬先生の御意見を伺えればというふうに思っております。

○棚瀬参考人 御案内だと思いますが、実は、外国では、一部、もう本当に、日本はハーグ条約を批准しても本気で守る気はないのではないかという議論があります。そして、下院議員の、特にアメリカのスミス議員等を中心として、日本国を名指しで制裁しようというような法案も繰り返し出されているところであります。
 最近、私が見たアメリカの判例の中には、逆に、こんなのがありました。つまり、私たち日本から見れば、アメリカの常居所地法を信頼する、あるいはイギリスの常居所地法を信頼するわけですが、信頼して、子供を帰して、そこの裁判で判断してもらう。ところが、それについて今問題があるわけですが、逆に、ではアメリカはどうなのかというと、アメリカのワシントン州判例なんですが、ごく最近の判例なんですが、堂々とこんなことを言っていました。
 それは、ワシントン州は、国際礼譲、インターナショナルコミティーというんですが、ハーグ条約と同じ精神ですが、それを尊重する、しかし、親と子供が分離されてはならないというその子供の基本的な権利を、人権を侵害するような国のその裁判決定に対しては私たちはインターナショナルコミティーを使わない、こういうふうに言って、そして、日本の離婚判決のワシントン州での執行を拒否したという判例をごく最近見ました。
 ですから、外国の日本を見る目は非常に厳しいということを御理解いただきたいと思います。

○椎名委員 ありがとうございます。
 この二十八条の返還拒否事由を結局争うことによって、やはり実体判断、日本の家裁の実務の判断になってしまいかねないということの懸念を海外からもいただいているということだというふうに理解をいたしました。
 そういう中で、やはり、そうすると、この二十八条一項の取り扱いというのがどのように行われていくのかということが結構大きな問題になるんじゃないかと思います。この二十八条の一項の立証責任、これは誰が負っているんでしょうか。すなわち、ここで申し上げている立証責任と言っている意味は、要は、証拠によってきちんと立証されなかったら敗訴をするという責任を誰が負っているのかということです。
 敗訴をするということは何を意味するかというと、あくまでも、返還が認められて、その上で、常居所地国の家事審判の手続でもう一回子の監護権それから親権のあり方について定めをしていく、手続に乗るという意味だと思いますが、改めて伺いたいと思います。高橋参考人に伺えればと思います。

 

○高橋参考人 立証責任についてまずお話し申し上げますと、立証責任と申しますのは、定義上といいますか、概念上、十分に証拠調べをしたけれどもどちらが真実かわからない、そうしますと裁判ができなくなってしまうわけですが、それで裁判拒否はいけないからどちらかに決めましょうということでございまして、証拠調べを十分にやった上でわからなかった、これを典型的なこととして考えております。
 そして、証拠調べを十分やったけれどもという、ここでは当事者がもちろん証拠を出してもらうということは必要です。それは当事者の責任としてこの法律にも書いてあります。しかし、裁判所も職権でいろいろ手助けをする。中央当局に調査の嘱託等々いたしまして、在外公館も協力してくれるでしょう。そういう体制で十分調べた上でなおわからなかったときということで、これは返還を拒む方に負担を課す、つまり、帰すということでございます。
 この審理を通じて、ハーグ条約が禁止している実体判断に入ってしまうのではないかという御懸念は、抽象的にはよく理解できます。だからこそ、管轄を集中して、裁判官も研修、裁判官だけではありません、いろいろな人が研修をしてそうならないような実務を日本でつくっていかなければいけない、そういうことだというふうに理解しております。
 以上です。

○椎名委員 最後に、要は、この二十八条の一項の四号だと思いますけれども、ここで一番ターゲットにしているのは、先ほど来、大津参考人それから長谷川参考人といった方々が懸念を表明されていたDVに関する問題だというふうに思っています。
 DVに関して、返還拒否事由に該当するかしないかが問題となるのは、多分、四類型あると思います。何かというと、事実と証拠という意味です。
 事実上DVがあったかということについて、マル、バツ、三角、それから、証拠としてDVが証明できるかどうかというところについて、マル、バツ、三角で考えてみると、事実としてDVがあり、証拠としてDVを証明できる事例、これについては保護をしなければならないのは当然です。返還拒否事由に該当しなければならない、それはそうだと思います。
 その二番目として、事実としてDVがあり、証拠としてDVが証明できるかどうかよくわからない、この辺についても何とかして保護していかなければならない、それは事実だと思います。
 しかし、先ほど来、渡辺参考人が当事者として懸念を示している部分というのが、まさに、DVはないけれども、さらに、証拠、物証としてはないけれども口頭の証拠みたいなもので虚偽DVみたいなものが裁かれたとき、こういったところについて、むしろ保護をしてはいけないわけです。
 さらに言うと、もう一個、DVがあったかなかったかについて評価の問題になる。例えば、どこの夫婦でも夫婦げんかはあるわけでございますけれども、たまたま手が当たってしまったとか、軽く殴ってしまったけれども、以後、もう二度としないと反省をしているとか、そういった評価の問題として、これをDVと評価するのかしないのかというところ、人によって価値観が分かれる部分というのがございます。
 おおむね問題となり得る類型は、多分この四類型ぐらいだろうというふうに私自身は思っております。
 私自身の懸念としましては、虚偽DVといったものについて、三番目の類型ですけれども、これが二十八条の一項で保護されることになりかねないかということが、日本の家裁実務との兼ね合い、それから立証責任との兼ね合いで問題視させていただいたところでございます。
 今後の運用として、ここについてどのような展望、考え方を持っているか、高橋参考人それから棚瀬参考人に伺えればというふうに思っております。

○高橋参考人 証拠の問題は大変重要な問題だと私も認識しております。また、特に、外国で起きたことの立証ということでございますから、大変重要な問題だと思います。
 私は、急がば回れではございませんが、この点は、日本の法教育に非常に期待をしております。これから、国内でも国外でも、特に国内であれば、法的にどういう妥当な行動をとらなければいけないのかということを、小学校、中学校、高校の段階から身につけてもらうということでございます。
 ちょっとよくない例になるかもしれませんが、DVの被害に遭っていると主観的にしゃべる。私は被害に遭いました、なぜ信じてくれないんですか、裁判官。これを言うだけではだめなんです。やはり、被害に遭ったとき、携帯電話で写真でも撮っておくとか、在外公館に駆け込んでそこで記録をとってもらうとか、そういう身を守る手段をこれからとっていかなければいけない。
 それは広い意味で法教育ですし、仄聞するところによりますと、外務省も法務省も、そういう教育活動というのでしょうか、広報活動はするというふうに聞いております。それをもとにしますと、虚偽DVも、これは楽観的かもしれませんが、見抜けるだろうと思っております。
 まさに、DVがあったあったと言うだけではだめなんですよね。それが本当にあったのを潰してもいけませんし、なかったのにあったと言うのを認めてもいけない。そういう手段は、法教育を含め、そして裁判所の実務の中で形成されていくものであると私は期待しております。信じております。

○棚瀬参考人 アメリカの例でも、やはり、DVがあったという訴えは非常にたくさんあります。普通の家族法の事件でもあって、みんな裁判官は頭を悩ませていることはおっしゃるとおりです。
 ただ、二つのことだけを申し上げたいんですが、一点は、DVがあったということと、それから、だから親子はもう会えないんだということは、やはりできるだけ分けて考えたいというのがアメリカの考え方であって、DVはDVとしてきちっと保護する、だけれども、それが理由で親子が完全に生き別れになるという事態は可能な限り避けたい、こういうのがアメリカの基本的な態度であるというのが一点です。
 そしてもう一つは、DVについてもしっかりしたリサーチがこれから必要だろうと思うんですね、社会心理学的な研究が。
 そして、最近のアメリカの文献を読みますと、DVにも幾つかのパターンがあるといいます。まさに絵に描いたような、反復的に発生するDV、しかも非常に強度なDV、暴力と、それから、まさに夫婦が別れるときに、離婚をめぐって争いが出てきて、そして激しい口論になったというときのDVとは全然違うんだということをアメリカの裁判官たちは認識していて、それについてたくさんの社会心理学的研究が最近出ました。ですから、それを分けて対応するというのが現在の動き方です。

○椎名委員 どうもありがとうございました。

棚瀬孝雄氏の指摘はさすがだなと感じる。家族法の世界に戻ってきてほしい。

 

 

 

【第183回国会】衆議院本会議 第14号 平成25年4月4日

衆議院本会議

共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。


登場人物:三谷英弘 衆議院議員みんなの党

     岸田文雄 外務大臣

     谷垣禎一 法務大臣

 

三谷英弘君 みんなの党三谷英弘です。
 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約、いわゆるハーグ条約の締結について承認を求めるの件等について、みんなの党を代表して質問いたします。(拍手)
 子供の連れ去り案件というのは、国内、国外を問わず数多く発生していることは周知の事実です。
 私自身も、弁護士として仕事をする中で、突然子供を連れ去られてしまい、本当につらい思いをしている方にお会いしたことがあります。また、一方的に連れ去られ、もう永遠に会えない、このつらさから、自分で命を絶つ決断をされる方すらいるという話を伺ったこともあります。自分の子供に会えなくなる状況というのは、私も二人の娘を育てる立場ですから、想像するに余りあります。
 一九八〇年にハーグ条約が成立し、既に世界で八十九カ国が締結済み。世界の主要国であるG8諸国の中でも、未締結の国は日本だけ。子供の連れ去り問題の取り組みにおいては、非常に世界から取り残された状況です。この状況を改善する上で、日本がハーグ条約を締結することは、非常に大きな一歩です。
 しかしながら、その一方で、やむにやまれぬ事情から、子供を連れて日本に戻ってくるという決断を迫られた方も少なくありません。子供のためを思えばこそ、そのような決断をした方々の思いを理解することも、また重要です。
 この問題は、その両者の思いをしっかりと受けとめていくことが大切ですが、子供の奪い合いという不幸な結果を避けるためにも、いかに処遇することが子の福祉に最も合致するのかという観点、これをしっかりと持つことが最も重要であると考えます。
 ハーグ条約の前文にも、「子の監護に関する事項において子の利益が最も重要である」と明記されているところではありますが、ハーグ条約においては、子の福祉という観点が中心に据えられているのかについて、まず伺いたいと思います。
 また、ハーグ条約を締結したとしても、それで全て問題が解決するわけではありません。
 まず、近時、国際結婚の数が増加するにつれ、アジア諸国との間で国際的な子供連れ去り事案の件数は増加しています。しかしながら、アジア諸国の中でハーグ条約を締結しているのは、わずか四カ国。ハーグ条約未締結国との間で子供の連れ去り事案が起きることも数多く想定されます。その場合に備えて、政府として何らかの対応策を講じていらっしゃるのでしょうか。
 また、日本において共同親権が認められていないことから生じる問題もあります。
 例えば、アメリカでは共同親権が認められているため、アメリカから無断で子供を連れ去ってきたときには、アメリカの共同親権者から容易に子供の連れ戻しというものを求められてしまいます。これに対して、今の日本の制度では、離婚後に無断でアメリカに子供が連れ去られてしまったときは、日本に残された親は、何の権利もなく、子供を取り戻せない、そして会えないという結果になりかねません。
 このような片務的な結果を認めていくのか否か、これはまさしく共同親権を認めるか否かにかかわってくる問題ですが、この問題についての見解を伺います。
 他方で、子の福祉という観点からは、ただ単に子を戻せばよいということではありません。ハーグ条約十三条において返還拒否事由が規定されていますが、具体的に、どのような場合に返さなくてもよいのか、しっかりと定めていくことが重要です。
 この点、いわゆるDVの被害が子に生じている場合に返還拒否するのは当然のこと、配偶者に被害が生じている場合でも、そのような家庭内で子供を育てることは、それだけで児童虐待とも言い得る状況なのであって、そのような家庭に子供を戻すべきか否か、これを考えなければなりません。
 配偶者にDV被害が生じる場合に子の返還拒否をすることを認めるか、見解を伺います。
 また、この問題を考える際に、現在の家庭裁判所の実務のあり方を見直す必要もあります。
 日本の家庭裁判所では、残念ながら、事実認定に難がある場合も少なくなく、母方の言い分を無批判に採用する傾向にあることも否定できません。DV冤罪の可能性を含め、家庭裁判所の事実認定の精度を上げていかなければ、安心して裁判所に判断を委ねることはできません。家庭裁判所の事実認定の精度を上げるため、その取り組みについて見解を伺います。
 さらに、国内においては、子供の連れ去り問題に対処するため民法第七百六十六条が改正されましたが、その運用においては法改正の趣旨が徹底されておりません。
 家庭裁判所の実務を前提にすれば、まず子供を連れ去れ、もう一方の親から引き離せと指導し、金もうけをする弁護士がいると言われます。
 というのも、今の家庭裁判所では、既成事実を追認し、子供を連れ去った親に親権、監護権を与える傾向が強くあるからにほかなりません。これが、子供を連れ去った方が勝ちというような、拉致司法と国内外で批判される実態です。民法七百六十六条が改正された今でもこのような対処法がまかり通っているのは、まさに家庭裁判所の実務上の対応が間に合っていないことの証左です。
 今のままハーグ条約を締結しても、子供の連れ去り案件への対応という意味では、国内外でダブルスタンダードとなってしまいます。今まで泣き寝入りをしていた親を救うためにも、ハーグ条約の締結を機に、家庭裁判所を改革し、事実の認定を柔軟にし、家庭裁判所裁判官等に対して、改めて、国内の民法第七百六十六条、この立法趣旨の徹底を図るべきと考えますが、この点の見解を伺います。
 みんなの党は、子の福祉の確保という観点から、この問題について、引き続き全力で取り組んでまいります。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
    〔国務大臣岸田文雄君登壇〕

国務大臣岸田文雄君) 三谷議員にお答えいたします。
 ハーグ条約と子の福祉についてお尋ねがありました。
 御指摘のとおり、ハーグ条約は、子の利益を最重要視するという基本理念を前文に掲げ、子の福祉という観点を中心に据えた条約です。
 国境を越えた不法な連れ去りによる一番の被害者は、子自身です。
 ハーグ条約は、子の監護に関する事項を決定するための手続は、子がもともと居住していた国、すなわち子がなれ親しんできた生活環境がある国で行うことがその子にとって最善であるとの考え方に立って、まずは、子が不法に連れ去られた状況の原状回復を図るものであり、今や、これが国際的なルールとして確立しています。
 また、ハーグ条約においては、返還により子の心身に害悪を受ける重大な危険がある場合などの一定の場合には、子の返還を拒否できるものとされています。こうした観点からも、ハーグ条約は、子の利益を最重要視した条約であると言えます。
 次に、アジア諸国ハーグ条約未締結国との間での子の連れ去り事案への対応についてお尋ねがありました。
 我が国としては、子の連れ去り等をめぐる問題が生ずる可能性が潜在的に高いとも考えられるアジアの国々を初めとして、ハーグ条約未締結の国々との間で、今後、本条約締結の重要性について協議を行っていきたいと考えております。
 また、ハーグ条約未締結国との間で生ずる個別の事案については、それぞれの国内法令に従って友好的な解決が図られるよう、政府として可能な限り支援を行っていきます。
 今後とも、例えば、個別の事案について両国間で情報の交換を行ったり、両国の協力のもと、面会交流の実現に向けた支援を行うなど、困難な状況に置かれた子の福祉を重視することを基本としつつ、本件問題に引き続き取り組んでいく所存です。(拍手)
    〔国務大臣谷垣禎一君登壇〕


国務大臣谷垣禎一君) 三谷英弘議員にお答え申し上げます。
 まず、離婚後の共同親権制度の導入についてお尋ねがありました。
 離婚後の共同親権制度の導入につきましては、賛否の意見が分かれているところであり、実際にも、離婚に至った夫婦間では意思疎通がうまく図れず、子の養育監護に必要な合意が得られないなど、かえって子の利益の観点から望ましくない事態が生ずるおそれもあることから、慎重に検討する必要があると考えております。
 次に、配偶者に家庭内暴力の被害が生じる場合の子の返還拒否についてお尋ねがありました。
 ハーグ条約及び本法律案においては、子の利益の観点から返還拒否事由が定められていますが、配偶者が家庭内暴力の被害に遭ったことをもって直ちに子の返還拒否事由に該当するものとはされておりません。
 しかし、具体的事案において、配偶者に対する家庭内暴力によって子の心身に悪影響を及ぼし、子を耐えがたい状況に置くこととなる重大な危険があると認められる場合には、裁判所は子の返還を拒否することになります。
 次に、家庭裁判所の事実認定についてお尋ねがありました。
 家庭裁判所の手続においては、当事者の手続保障の観点から、当事者双方に十分な主張や裁判資料の提出の機会を与えるとともに、必要に応じて裁判所が職権で裁判資料を収集することとされており、家庭裁判所は、一般論としては、これらの主張や裁判資料に基づいて、適切に事実認定を行っているものと承知しております。
 最後に、民法第七百六十六条の改正の趣旨の周知についてお尋ねがありました。
 民法第七百六十六条は、離婚の際に親子の面会交流や養育費の分担について取り決めることが子の利益の観点から重要であることに鑑み、改正がされたものであり、引き続き、その趣旨を広く一般に周知徹底してまいります。

 

 相変わらず、大臣の答弁は当たり障りのないもの。一方で、三谷議員の質問はさすが!弁護士として実務経験を積んできたからこそ、現場の実態がよくわかっている。弁護士であっても、実務経験が浅い国会議員は、問題意識すら持てません。三谷議員の今後のご活躍にますます期待したい。